京都大学みさき臨海研究所特別報告別冊
Misaki Marine Biological Institute Kyoto University Special Report
No.4, pp.1〜95 June 10, 1968
中村泉・岩井保・松原喜代松:カジキ類の分類学的研究
NAKAMURA, I., T. IWAI K. MATSUBARA: A Review of the Sailfish, Spearfish, Marlin and Swordfish of the World
クロカジキ Makaira mazara(JORDAN and SNYDER)
本種はJORDAN and SNYDER(1901)によって神奈川県の三崎からえた標本により Tetrapturus mazara として最初に発表された。本種は大西洋に分布するニシクロカジキと形態が著しく類似するので、両種はたびたび混同され、本来大西洋のニシクロカジキに対して適用されてきた Makaira hercheri 、Tetrapturus hercheri 、Makaira nigricans 、Makaira ampla などの学名が本種にも適用されてきた(第9表:クロカジキの学名の変遷)。また本種はシロカジキとも混同されていることがあり、LA MONTE(1955)は Makaira mazara を本種とシロカジキに対して適用していた。HIRASAKA and NAKAMURA(1947)は台湾近海産のクロカジキに対して新属新種、Eumakaira nigra として発表した。WHITLEY(1954)はオーストラリア産のクロカジキを新種と考え Istiompax howardi なる学名をあらたに与えた。しかしこれらの学名は今日では一般に認められていない。SUN(1960)は明らかに本種の稚魚と思われるものに Tetrapturus angustirostris を適用している。またHERRE(1953)はJORDAN and SNYDER(1901)の Tetrapturus mazara を本種の異名とした。
多くの研究者はたんに大西洋とインド・太平洋という海洋上の区分を重視して種を分ける分類法にしたがって、クロカジキとニシクロカジキを漫然と区別したにすぎなかったが、両種の著しい形態上の類似から、亜種の段階で本種とニシクロカジキを区別しようとした研究者もある。LA MONTE and MARCY(1941)、NICHOLS and LA MONTE(1941)、MORROW(1957a、1957c)、MORELAND(1960)などは本種を Makaira ampla mazara として、またROSA(1950)、上柳(1963a、1963b)、上柳・渡辺(1965)などは本種を Makaira nigricans mazara としてそれぞれニシクロカジキと区別した。ROYCE(1957)、RIVAS(1956b)、ROBINS and DE SYLVA(1960)、MORROW(1962a)、JONES and SILAS(1962)などは本種とニシクロカジキを同一種であると結論して Makaira ampla (あるいは Makaira(Makaira) nigricans および Makaira nigricans )をこの両種に適用した。BRIGGS(1960)は汎世界的な分布をする魚類について論じ、カジキ類では Makaira nigricans と Xiphias gladius がそれに該当するとした。中村(1965)はマイアミ大学の研究者達の分類学的考察に対して批判を加えて、“インド・太平洋域のクロカジキと大西洋産のBlue marlinとは同種とされている。しかし、この両者には形態にも差異があり同一種とは考えにくいので、著者はさらに充分に比較すべきことを条件に、上記の分類を暫定的に受け入れることとしている”と述べている。
属名として Tetrapturus 、Makaira 、Eumakaira 、Istiompax などが用いられたが、今日では Makaira を用いる研究者が多い。ROBINS and DE SYLVA(1960)はシロカジキに対する亜属 Istiompax と区別して本種に対して亜属 Makaira を適用した。
日本近海のクロカジキに対して、原記載が発表されて以来、初期の研究者は Tetrapturus mazara を用いた(田中、1921;宇井、1923;海老名ほか、1931;FOWLER、1934など)。その後、多くの研究者が Makaira mazara を用いている(中村、1938;岡田・松原、1938;蒲原、1941、1950、1955;松原、1955;冨山・阿部・時岡、1958;阿部、1963;KAMOHARA、1964;三谷、1965など)。一方、クロカジキに対しHIRASAKA and NAKAMURA(1947)が Eumakaira nigra を創設して以来、それにしたがう研究者もあった(中村、1949;中村・薮田・上柳、1953;上柳、1953、1957a、1957b;上柳・矢部、1959;NAKAMURA、1962;UEYANAGI、1962b;YABE and UEYANAGI、1962など)。阿部(1957)は Makaira nigra を用いている。
●種の記載 記載は成魚について行なった。この類は成長に伴う形態の変化がいちじるしいので、稚仔魚についての詳しいことはそれぞれの種の記載のところに主な文献をあげたので、それらを参照されたい。稚仔魚についての総括的な研究はJONES and KUMARAN(1962a)、UEYANAGI(1962b)、上柳(1963a)などによってなされた。
呼称 カツオクイ(紀州・伊勢);カトクイ(紀州太地);クロカ、クロカワ、シロカ(東京);クロカジキ、シロカジキ(紀州田辺);ゲンバ(鹿児島県);ツン(壹岐);ンジアチ(沖縄)。
Pez zuncho(チリー);Black marlin(ハワイ、アメリカ本土);Marlin negro(メキシコ);Marlin(ニュージーランド);Taketonga(マオリ語、ニュージーランド);Cá co den(ヴェトナム);Черный марлин(ソヴィエト);藍魚(中国);烏皮旗魚、鐵皮丁版(台湾)。
第1図
マカジキ科魚類の鱗の配列の模式図。
A. バショウカジキ(成魚) Istiophorus platypterus
B. バショウカジキ(若魚)Istiophorus Platypterus
C. ニシバショウカジキIstiophorus albicans
D. フウライカジキTetrapturus angustirostris
E・F. クチナガフウライTetrapturus pfluegeri
G. ニシマカジキ Tetrapturus albidus
H. マカジキ(成魚)Tetrapturus audax
I. マカジキ(若魚)Tetrapturus audax
J. クロカジキ Makaira mazara
K. ニシクロカジキ Makaira nigricans
L. シロカジキ Makaira indica。
第7図
カジキ類の中央部脊椎骨の模式図。側面図および腹面図。腹面図は翼状突起の発達の様子を示す。
A. メカジキ Xiphias gladius B. バショウカジキ Istiophorus platypterus C. ニシバショウカジキ Istiophorus albicans D. フウライカジキ Tetrapturus angustirostris E. クチナガフウライ Tetrapturus pfluegeri F. ニシマカジキ Tetrapturus albidus G. マカジキ Tetrapturus audax H. クロカジキ Makaira mazara I. ニシクロカジキ Makaira nigricans J. シロカジキ Makaira indica
分布 本種は広くインド・太平洋のとくに外洋域に分布し、カジキ類のうちで最も熱帯性の強いものである。インド・太平洋の熱帯域および亜熱帯域のほぼ全域から漁獲が記録されている(第9表:クロカジキの学名の変遷)。
本種の稚仔魚は太平洋ではニューギニア北部・カロリン諸島・ギルバート諸島・マーシャル諸島・小笠原諸島・ウェーク島・マーカス島などの海域で非常に数多く採集されているし、黒潮流域・サンゴ海・赤道中部太平洋などでも採集されている(JONES and KUMARAN、1962b;UEYANAGI、1962b;HOWARD and UEYANAGI、1965)。インド洋ではオーストラリア北西・スマトラ島西側・マダガスカル島東側・セイロン島南側などの海域で数多く採集されている(JONES and KUMARAN、1962b;UEYANAGI、1962b)。