スポーツアングラーズの重要資料 京都大学大学院農学研究科助教授で、42年間舞鶴の研究室を拠点にしながら世界の海を航海調査し、マグロ、カジキ類を研究されてきた、中村泉先生が定年退官された(2002年3月)。
当ウェブのトピックスでも紹介しているように、中村先生は昭和33年に京大水産学科へ入学、4回生から魚類分類学を専攻された。魚類分類学は魚類の進化と系統を解明することから水産生物学の基礎となっているが、中村先生はこの分野の世界的な権威である。
中村先生に初めてお会いしたのは、確か今から17〜18年前の事であったと思う。スポーツフィッシングの雑誌の創刊を念頭に、カジキやマグロについてあれこれお話を伺ったことを記憶している。その後、『Game Fish & Blue Water』、『BOAT & GAMEFISH』、『ZIN』、『SPORT ANGLERS』といった出版物を立ち上げる中で、中村先生からはさまざまな資料を頂戴、御指導戴いた。
ここに転載の許可を得て紹介する資料は、中村先生の恩師でもあられた故・松原喜代松教授が研究担当者となり、落合明・岩井保・中村泉・浅野博利・岡村収氏の5名が協力し、1962年度から3カ年計画で国際的な視野に立ってマグロ類の分類学的研究を実施してきた、その結果の労作である。サイエンティフィック・アングラーを目指す私達スポーツアングラーにとっても、時代を超えた座右の研究報告であることは確かである。
(株)八点鐘 須賀安紀
マグロ類の分類学的研究( 1 )
京都大学みさき臨海研究所特別報告別冊
Misaki Marine Biological Institute Kyoto University Special Report
No.2, pp.1〜51 February 20, 1965
岩井保・中村泉・松原喜代松:マグロ類の分類学的研究
IWAI, T., I. N and K. MATSUBARA: Taxonomic Study of the Tunas
●まえがき 世界の海に広く分布するマグロ類は、生鮮食料として、あるいは加工原料として重用され、世界各国で重要な水産資源となっている。わが国でもマグロ類を対象とする漁業は古くから行なわれてきたが、近年、漁船の大型化と装備の近代化にともなってマグロ漁業は驚異的に発展し、漁場も急速に拡大されつつある。このようにマグロ漁業が国際漁業となり、遠洋漁場へ各国が競って出漁するようになると、当然の結果としてマグロ類の資源管理が国際的な問題として表面化する。ところが、資源管理の基礎となる統計資料を整備しようにも、各国で使用しているマグロ類の名称が一定しないため、いたずらに混乱をひきおこしている現状である。
もちろん、マグロ類の分類的研究は古くから各国で行なわれていたのであるが、研究材料が各国の近海のものに限られ、しかも、研究者がおのおのの主張にもとづいて独自の分類体系をたてたため、マグロ類が世界的な分布をしているにもかかわらず、その分類は統一を欠き複雑になるばかりであった。最近、漁場が拡張されるにつれてマグロ類の生態とか分布状態についての資料もしだいに豊富になり、また標本の入手範囲も拡大されて分類学的研究も国際的になりつつあるが、その成果はまだ充分とはいえないようである。
このような状態にあって、1962年アメリカ合衆国カリフォルニア州ラ・ホヤで開催されたFAO世界マグロ会議では、マグロ類の分類学に関する決議が提出され、全世界のマグロ類の分類学的な再検討が進められることになった(R1963)。その際、前南海区水産研究所長中村広司博士の御尽力により当教室もこの研究の一部を担当することに決定した。これと相前後して農林水産業特別試験研究費補助金の交付を受けることになり、松原喜代松が研究担当者となり、落合明・岩井保・中村泉・浅野博利・岡村収の5名が協力し、昭和37年度から3カ年計画で、国際的な視野にたってマグロ類の分類学的研究を実施してきた。その結果、マグロ類の分類について一応の成果を得ることができたのでここに報告する。
ここで取扱う種類はマグロ属 Thunnusに属するビンナガ T. alalunga (BONNATERRE、クロマグロT. thynnus (LINNAEUS)、ミナミマグロ(インドマグロ・ゴウシュウマグロ)T. maccoyii (CASTELNAU)、メバチ T. obesus (LOWE)、キハダ T. albacares (BONNATERRE)、タイセイヨウマグロ T. atlanticus (LESSON)、およびコシナガ T. tonggol (BLEEKER)の7種である。
研究を進めるにあたっては多くの人々にお世話になった。とくに、南海区水産研究所の中村広司前所長・高芝愛治所長をはじめとし、上村忠雄氏・上柳昭治氏・木川昭二氏・渡辺久也氏・薮田洋一氏・須田明氏・山中一氏・新宮千臣氏・塩浜利夫氏・藁科侑生氏には資料の閲覧と標本の入手について多大の便宜を受けたり、有益な助言をいただいたりした。また、俊鷹丸船長黒肱善雄氏、照洋丸船長田辺定氏および両船の乗組員諸氏には乗船調査の際に種々の配慮をいただいた。魚体の測定・解剖作業では当教室の尼岡邦夫氏・山根伸一氏・岸田周三氏の助力を得た。ここに記して厚く御礼申し上げる。
本研究に要した費用の大部分は昭和37〜39年度農林水産業特別試験研究費補助金によった。補助金交付の労をとられた当局に対して謝意を表す。
●研究の材料および方法 供試標本は太平洋(一部日本海)・インド洋・大西洋の各海域で漁獲されたマグロ類で、主として南海区水産研究所に保存されていた液漬標本・骨格標本と、焼津魚市場・東京中央魚市場・舞鶴魚市場へ水揚げされた生標本を用いた。また、俊鷹丸昭和37年度第3次航海および照洋丸第13次航海で採集された標本の一部も研究材料として用いた。
標本の測定方法はMARR and SCHAEFER(1949)の方法にしたがった。骨格系の研究では筋肉を取除いたのち、石油ベンジンで脱脂し、これをAlizarin red Sで染色して観察した。
●研究史 マグロ類についての研究は古く、すでにLINNAEUS(1758)のSystema Naturaeにクロマグロの記載がみられる。このほかのマグロ類についての原記載もかなり古く、ビンナガとキハダはBONNATERR(1788)により、タイセイヨウマグロはLESSON(1828)により、メバチはLOWE(1839)により、コシナガはBLEEKER(1852)により、ミナミマグロはCASTELNAU(1872)により、それぞれ命名されている。しかし、これらの種名の全部が最初から正しく用いられていたわけではなく、属名は原記載においてもまちまちであったし、種名もその後さまざまに変化している。そのうえ各国で新種が続々発表され、マグロ類の分類は年代を追って複雑化したのである。そして、JORDAN< and EVERMANN(1926)はついにマグロ類を5属20種に分類した。日本産のマグロ類はKISHINOUYE(1923)によって一応ビンナガ Thunnus germo(LACÉPÈDE)、クロマグロ T. orientalis(SCHLEGEL)、メバチ Parathunnus mebachi(KISHINOUYE)、キハダ Neothunnus macropterus(SCHLEGEL)およびコシナガ N. rarus(KISHINOUYE)の5種に分類され、以後これが日本のマグロ類の分類基準となってきたが、血管系が分類形質として重視されているので、まだ不便な点が多い。
マグロ類の分類体系は、その変遷をたどってみると、目・科・属・種を通じて複雑に変化している。このような多種多様の混乱状態を一括して記述するのは困難であるので、まず、各種別にそれぞれの学名の変遷過程をたどってみることにする。
●科および属の問題 マグロ類を何科に所属さすべきかという点についても研究者の間で見解が一致せず、いまだに統一された体系がない状態である。初期の研究者、たとえばGÜNTHER(1860)やJORDAN and EVERMANN(1896)などはマグロ類をサバ科Scombridaeのもとに列記していた。サバ科の分類を最初に体系づけたREGAN(1909)は、マグロ類をサバ科の中に入れている。STARKS(1910)も骨格系の研究結果にもとづいてREGAN(1909)のサバ科の分類体系を支持し、サバ科の下に5亜科を設け、マグロ類をマグロ亜科Thunninaeにおさめた。その後、マグロ類の種が細かく分けられるようになって、マグロ類を一括して科の段階に昇格させようとする傾向がみられるようになった。岸上(1915)はシビ科(マグロ科)Thunnidaeにマグロ類をおさめていたが、1917年には、ついに、マグロ類が特殊な皮膚血管系と骨格系を有することを主な理由に、この類を当時の硬骨類から分離して新しく設けた叉骨目Plecosteiへ編入した(岸上 1917)。そして、叉骨目をシビ科Thunnidaeとカツオ科Katsuwonidaeに分け、前者にはマグロ類を、後者にはカツオ・ソウダガツオの類を含めた。しかし、叉骨目はTAKAHASHI(1924)をはじめとする多くの研究者によって否定され、近年ではBERG(1955)によって認められているだけである。しかし、マグロ科Thunnidaeを用いる研究者はKISHINOUYE(1923)、JORDAN and HUBBS(1925)、JORDAN and EVERMANN(1926)、BARNHART(1936)、蒲原(1941;1955)、FOWLER(1944)、MORICE(1953)およびANDRIASHEV(1954)など、古くからかなりある。この間においてもJORDAN< and JORDAN(1922)、BARNARD(1927)あるいはSMITH(1949)など、マグロ類をサバ科Scombridaeに包含する研究者も少なくなかった。また、WHITLEY(1936)はマグロ類をSardidaeへ含めている。こうした混乱期を経て、FRASER->BRUNNER(1950)はサバ型魚類の研究で思い切った科の統合を行ない、サバ科、カツオ科、マグロ科、サワラ科およびカマスサワラ科をすべてサバ科に統合した。これを契機として、マグロ類はふたたび多くの研究者によってサバ科Scombridaeに入れられるようになった(DE BEAUFORT 1951;RIVAS 1951;松原 1955;DE SYLVA 1955;GOSLINE and BROCK 1960:JONES and SILAS 1960、1962;COLLETTE 1962;COLLETTE and GIBBS 1963)。
このようにして現在ではマグロ類は一般にサバ科に包含されるようになったが、マサバ・サワラ・ニジョウサバ・イソマグロ・マグロ類など、体形においても内部形態においてもかなり変異に富む多くの種を一括してサバ科に包含するには、分類学的にみても系統分類学的にみても多少無理な点がある。このような点を考慮に入れて、サバ科の下に亜科を設け、マグロ類をその亜科の一つであるマグロ亜科Thunninaeにおさめる研究者もある(STARKS 1910;松原 1955;JONES and SILAS 1960)。マグロ亜科を設けることについては、内部形態からみてもうなずけることで、本報告でもこの分類体系にしたがうことにした。ただし、ここでいうマグロ亜科はマグロ属の7種と、カツオ、スマ、およびEuthynnus alletteratusの10種で構成される。
属の問題にしても同様で、はじめはScomber属とかThynnus属(この名はOrcynusとともに他の動物の属名として先取されていたので無効となった)にすべてのマグロ類が属していたが、種の分類が細かくなるにしたがって属の数も増加した。JORDAN(1888)によってGermo属が設けられ、KISHINOUYE(1923)にいたってThunnus(クロマグロ・ビンナガ)、Parathunnus(メバチ)およびNeothunnus(キハダ・コシナガ)の3属に分けられた。この分類法はその後長く踏襲され、現在でもなお一部で使用されている(松原 1955;JONES and SILAS 1960;阿部 1963)。コシナガはさらにJORDAN and HUBBS(1925)によってKishinoella属に分けられた。しかし、属名も近年になってしだいに統合されるようになり、FRASER-BRUNNER(1950)はマグロ類をThunnus属に統合し、その下にThunnus、Parathunnus、NeothunnusおよびKishinoellaの4亜属をつけ、Germoを完全に抹消した。RIVAS(1961)などはこれらの亜属を認めているが、最近では亜属を残しておく必要もないとしてこれらをすべて抹消した研究者もある(BULLIS and MATHER 1956;COLLETTE 1962;COLLETTE and GIBBS1963)。一時は20種にも分けられたマグロ類がわずか数種に統合された現在では、多くの属を設けると1属1種となるものが多く、二命名法の意味がなくなるというのがマグロ属1属を主張する人々の論拠の一つとなっている。筆者らはこのような主観的な属の評価法には必ずしも賛成できない。しかし、皮膚血管系と一部の内部形質を除けば分類形質にそれほど顕著な差のみられないマグロ類を1属にまとめることは、魚類の他の群における分類学的基準からみてもそう不合理ではないように思われる。したがって、本報告でも属としてはマグロ属Thunnusを認め、7種をこの1属に入れて取扱うことにする。