家島事件の紹介
今回から海洋性レジャーと漁業、資源、環境との問題を具体的に考えていくわけですが、その面白い例として、瀬戸内海に浮かぶ兵庫県の家島諸島周辺でおきた事例をご紹介いたします。この事例は、海洋性レジャーの中でも遊漁と漁業の間で起きた問題であり、釣り場をめぐる遊漁者と漁業者の間のトラブルが初めて裁判にまで発展したという意味で、注目に値する例です。この事例は判例集や法律専門誌等にも詳しくは掲載されていないのですが、私は担当弁護士のご好意により裁判資料の閲覧を行うことができました。よって、本コーナーでは個人名等を伏せてご紹介させていただくことをご了解ください。
家島事件の背景
まず事件の背景をご説明しましょう。家島諸島周辺はマダイ、カレイ、アブラメ、チヌ、キス、ベラ、などの好漁場として有名であり、昭和40年代から本州の遊漁船も含めて多数の遊漁者が釣りを楽しんでいました。しかし、遊漁者の数が増えるにしたがって、地元漁業者らの刺し網、釣り等の漁業操業に支障をきたすようになってきました。これらのトラブルを回避するため、地元の漁協らは遊漁海域を限定すると共に、遊漁船業者・遊漁者などを対象とした協力金を徴収し始めました。平成2年には「家島諸島漁業遊漁調整協議会」が設立され、遊漁団体代表者と漁業者代表との間で年2回程度の会合が行われるようになりました。しかしその後も漁業操業の妨害や浮き縄・漁網切断などの事故が続出し、遊漁と漁業との間でトラブルは続きました。
そこで平成4年になると地元漁協らは、家島諸島周辺を利用している11の遊漁船業者によって構成される団体である「A遊漁船組合(仮名)」との間に、遊漁海域や期間を定めた協定書を締結します。しかしその内容に不満をもつA遊漁船組合側は、翌年になると協定の更新を拒否しました。そして平成5年4月12日、A遊漁船組合は姫路簡易裁判所に民事調停を申し入れ、「家島周辺全域を遊漁船に開放すべきだ」と主張しました。
しかしながらその後、この組合の11業者のうち組合長を除く10業者が脱退して新たに別のB遊漁船組合を設立し、地元漁協との間に「漁場利用協定」を締結して家島諸島での遊漁船業を再開しました。この「漁場利用協定」とは、沿岸漁場整備開発法第24条 にもとづく法定協定であり、遊漁海域、期間等を取り決めます。そしてこの漁場利用協定に参加しなかった前A遊漁船組合の組合長は、釣り人代表・釣具店経営者など6名と共に、平成5年6月、地元漁協を相手取り神戸地裁姫路支部に提訴したのです。
家島事件における遊漁側の主張
この事件は、神戸地方裁判所姫路支部で第一審、大阪高等裁判所で二審、そして最高裁判所まで持ち込まれ、平成5年から平成14年まで10年にわたって争われました。それぞれの訴訟を起した側である原告・控訴人・上告人は、前A遊漁船組合長である遊漁船業経営者と、釣り人代表・釣具店経営者などからなる7名です(以下Xと表記します)。一方、訴えられた側である被告・被控訴人・被上告人は家島諸島の漁業者らによって構成される漁業協同組合とその組合員約800名でした(以下Yと表記します)。
ではXは法廷でどのような主張を展開したのかを見てみましょう。まずXは、家島諸島周辺の共同漁業権漁場においてXが遊漁を行うことに対し、漁業権者であるYは“あたかもその海面の所有者のように釣り場を制限していた”と主張します。そしてその制限を守らない者に対して、Yは“実力行使によって営業の妨害や海域からの排除を行った”として、妨害の不作為請求(妨害行為をやめることの請求)と損害賠償請求(損害と慰謝料の支払い)をもとめました。さらにXは、憲法十三条の幸福追求権に基づいて“国民が遊漁を楽しむ権利としての遊漁権”を主張し、その存在の確認を法廷に求めたのです。
この「遊漁権」が成立する根拠として、Xは漁業法第129条を例示しました。ここで漁業法第129条の内容を説明しましょう。この条項は、内水面漁業権(河川や湖などに設定される、第五種共同漁業権)の漁場において漁協が遊漁を制限し遊漁料等を徴収するときには、都道府県知事の認可を受けた遊漁規則を定めなければならないというものです。アユ釣りや渓流釣りをされる読者の方々はよくご存知と思いますが、河川で遊漁を楽しむためには遊漁料を地元漁協に支払わなければならず、違反した場合には結構な額の罰金を請求されます。つまり、漁業権者がこのように内水面の遊漁を制限する際には、漁業法に定められた手続きに則った規則の制定が前提条件であるというのが第129条の内容です。Xの主張は、129条に定められたこうした条件こそが、漁業者による恣意的な遊漁の制限を防止しているのであり、つまりは遊漁を国民の幸福追求に不可欠のものとして法的に保護し、その確保に努めている証拠であるというのです。そして、この幸福追求に不可欠なものとして保護された、遊漁を楽しむ権利を「遊漁権」と称して、内水面に限らず海についても成立すると主張したのです。(Xはさらに「遊漁船業の適正化に関する法律」 も海における遊漁権の存在を前提とし、その充足のため同法で遊漁船業者の運営適正化等を目指していると主張しました。)
まとめ
今回は家島事件における原告側(遊漁者側)の主張、そしてそこで展開された「遊漁権」という考え方をご紹介しました。次回はこの主張に対する裁判所の判断と判決をご紹介します。 |