1.アーカイバルポップアップタグの仕組みについて
アーカイバルポップアップタグは、アーカイバルタグとポップアップタグという2つの新型標識の機能を合体させたものである。
1)アーカイバルタグ
アーカイバルタグとは、温度、圧力、照度等海洋観測の基礎的データを収集するためのセンサーと、各種センサーが取得したデータの簡単な加工を行うためのチップ、データを保存するメモリ、そして、これらを駆動するためのバッテリーを防水性気密容器に収納した標識のことである。現在使用されているアーカイバルタグは、体温と環境温度を測定する2つの温度センサー、水深を測定するための圧力センサー、日出没時刻を測定することで位置を大まかに推定するための照度センサーを内蔵している。アーカイバルタグは、捕獲した魚に簡単な外科手術を施して筋肉あるは腹腔内に埋め込んだり、先端に矢尻がついたカプセルに収納して銛で筋肉部に打ち込む事で装着する。一旦魚に装着されたタグは、高い頻度(数分に1回)で各種のデータを収集していくが、これらの情報は標識魚が再捕されないと入手できない。
初期に開発されたアーカイバルタグは、各種センサーの精度も悪く、メモリの容量が少ないので高い頻度で収集されたデータも合計で1ヶ月強分しかメモリに記憶することが出来ず、バッテリーの寿命も5〜7年しか無かった。また、サイズも大型で重かったので大きな魚にしか装着できなかった。現在使用されているタグは、小型化し体長30cm程度の小型魚から装着可能で、数分に1回測定される各種データをそのままの形で10年以上記録し続ける事が出来るまでになっている。
2)ポップアップタグ
ポップアップタグ(シングルポップアップタグ)は現在生産中止となっているが、これは自動浮上して浮上した位置のデータを衛星経由で通信するタグである。アーカイバルタグと比べると比重を軽くする為にサイズが大きくなっているので外部装着することが前提とされており、通常タグの先端にテグス等で矢尻を取り付け、銛を使って捕獲した魚に装着する。装着されたタグは、あらかじめ設定された期間/期日に達するとテグスを切り離すことで自動浮上し、海面に達すると共に発信器が作動して衛星に信号を送ることで、浮上した場所を衛星経由で知らせてくる。また温度センサーだけは内蔵しているので、装着中1時間1回環境温度を測定し、これらのデータも衛星経由で送ってくるが、メモリの容量が小さいのでその精度は1/6度とかなり粗くなっている。
3)アーカイバルポップアップタグ
アーカイバルポップアップタグは、基本的にシングルポップアップタグに日出没時刻を推定するための照度センサーと、水深を推定する圧力センサーが付いて、データ加工用のチップ、大容量のメモリとバッテリーを装備したものである。形状やサイズはシングルポップアップタグと同様であり、外部装着が前提となっているので体温測定用の温度センサーは装備していない。
タグ自体の持つ各種センサーの性能は1)のアーカイバルタグと変わらないが、データの送信に使用しているアルゴス衛星の回線が細いため、折角高い精度で収集したデータの精度を“粗く”して送信している。この送信されてくるデータの“粗さ”が、このタグの有用性の制限要因となっている。
現在アーカイバルポップアップタグを販売している会社はワイルドライフコンピュータ社とマイクロウェブ・テレメトリー社の2つが有る。後者は、環境水温と水深のデータは1時間に1回だけ記録する事でデータ量を軽減しており(最近5分に1回記録するタイプが販売されたが寿命は1〜2週間とかなり短い)、前者は数分に1回記録した水温・水深データを観測者が任意に設定する12階級のヒストグラムに直して送信する。ヒストグラムを作成する頻度は2時間〜24時間に1回の間で任意に設定できるが、短い頻度に設定するとデータの回収率が低下する。
アーカイバルポップアップタグの価格はアーカイバルタグの3.5倍と高く、入手できるデータの精度は低く、サイズが大きいために大型個体にしか装着できない、という欠点が有るが、タグ装着魚が再捕されなくてもデータが入手出来るという利点は、用途さえ選べばこれらの欠点を充分補う価値を持つ。アーカイバルポップアップタグは、カジキ類のように標識の回収率が低い魚(通常カジキ類の標識再捕率は数%未満である)に使用したり、マグロ類のように標識の回収率が高い魚であっても、頻繁に調査を行えない遠隔地で使用したり、短期間に確実にデータを入手したい場合には非常に有用である。 |