WHAT'S THE SPORT FISHING BOAT?
フィッシングボートの基礎知識(6) ヘッド
写真・文・図/中島新吾
中でズボンを上げられるか?
ヘッド。綴りはheadである。すでにご存じの方も多いとは思うが、フネのトイレがヘッドと呼ばれるようになったのは、それがかつて船首側に設けられていたからだ。ちなみに、フネを前進させることをアヘッド(ahead)というが、この場合のヘッドというのもフネの前方のことである。 フネの船首というのはピッチングも激しく、先細りで居心地も悪いところから、せいぜいトイレ(それも水夫用の)くらいにしか使えなかったというのが、本当のところだろう。現代でも、何人かのクルーを常時乗せているようなメガヨットあたりだと、クルー用の船室は最下層の前側で、下級船員ほど船首寄り、しかもトイレは共同、というレイアウトとなっているようだ。 さて、ヘッドといっても、フネの大きさによって、造りもそれに割かれる船内のスペースもいろいろである。 せいぜい20フィート前後のバウカディ艇あたりだと、もっぱらバースのクッションの下というのが定位置となる。なにしろ、部屋自体が狭いわけだから、設置場所を選ぶもなにもない。いちばん天井が高く、一番ハルの深い場所が設置場所になる。スペースの問題のほか、ハルに穴を開けずに済むから、ポータブルがベターだが、内容物の始末や洗浄が少々メンドウということで、スル・ハル・タイプ(through-hull type。船外排出式)を選ぶ人も多い。 フネの大きさがある程度になると、ヘッドは個室になる。これをいかにも英語のフネ用語風に「ヘッド・ルーム」と呼ぶ人がいるが、たぶん英語圏ではボート用語として適用しないか、キャビンの天井高の意味にとられるかのどちらかになる。「ルーム」という言葉を使うなら、フネ用語である「ヘッド」などは使わず、「バスルーム」と呼んでしまった方が確実だ。個室であることを強調するなら「エンクローズド・ヘッド」あたりが妥当。部屋自体を言いたいのなら「ヘッド・コンパートメント」が普通だ。もっとも、一番間違いがないのは、単に「ヘッド」と呼ぶことではあるのだが……。 個室の場合、広さはもちろんだが、その天井高というのも結構重要だ。ひとつの基準は、“大人の男性がその中でズボンを上げ、ベルトを締めてから出てこれること”である。最低でも、この“男性”を“女性”と読み替えたスペースは必要だろう。
ホールディング・タンク方式
フネというのは、ひとつの完結した世界である。だから、ヘッドのように汚水を発生するものの場合、その処理をどうするかが問題となる。日本では、タンクを内蔵したポータブル・トイレを除くと、ほとんどがそのまま船外に排出するタイプである(Fig.1)。これはこれでシステム自体が単純だから故障しにくいし、清掃なども比較的容易というメリットがある。 しかしマリーナやアンカレッジのように、係留中、停泊中、といった状態では、ちょっとマズイ。フネが動いていない状態なのだから、ヘッドの排出口は岸壁から出ている下水の排水口と同じこと。特にマリーナのように海水の循環がほとんど無いような場所で、係留艇すべてが勝手気儘に汚水を垂れ流したら、あっというまにそこは汚水プールになってしまう。また、フネのエンジン排気よりはるかに“良心的な”排出物で、絶対的な量も知れているが、それでも自然環境へのインパクトがまったくないわけではない。また、海岸近くでは衛生面の問題もある。で、それらモロモロを考慮したのが、ホールディングタンクを使ったシステムだ。
Fig.2 マリーナでのバキューム汲み取りを前提とし、ハルには排出口を設けないというタイプ。ハルボトムに一切の穴を設けたくないという場合、洗浄用の給水を船内の水タンクから行うこともある。環境へのインパクトはほとんど無いが、マリーナに汲み取り装置のあることが大前提なので、今の日本では少々無理だろう。
Fig.3 汚物をホールディングタンクに貯めるところはFig.2と同じ。そこからの排出を、デッキの汲み出しと、船底からの排出のどちらか、Y-バルブで選択できる。船底からの排出は排出規則区域を出てから、排出ポンプで行う。タンク付きの米国艇では、たいていオプションとして用意されているシステムである。
Fig.4 Y-バルブ(A)は、ヘッドからの汚水を直接排水かホールディングタンクかの選択。Y-バルブ(B)はホールディングタンクの汚水をデッキかスル・ハル排出かの選択。Y-バルブ(C)はスル・ハル排出されるのがホールディングタンクかヘッド直接かの選択。さまざまな汚水排出に対応できるシステムだ。