コバロフスキーの名を聞いたことがあるだろうか。
20世紀前半のビッグゲーム・アングリングの歴史上に燦然と名を連ねるリール職人たちの中でも、アーサー・コバロフスキー(Arthur Kovalovsky)が創り出したリールは極めて異色、かつ洗練されていた。独自のドラッグシステムの開発や、マテリアルの探究といったコバロフスキーのこだわりは、唯一無二のビッグゲーム・リールとして結実し、かのゼーン・グレイをして「the great Kovalovsky」とまで言わしめたほどであったのだ……。
マイアミのオールドタックルショップ
「コバロフスキー」。
何だか妙に重々しいこの名前。読者の中には知らない人もきっと多いと思う。「コバロフスキー」はあるアメリカ人の名前であり、同時に、ビッグゲーム用リールの名前でもある。そう、フィン・ノールやエバー・ロールなどと同じリールメーカーの名前なのだ。なのに、その名はあまりにも日本では知られていない。おそらく、コバロフスキーが現在では生産されておらず、実用品というよりはむしろアンティックの部類に入ってしまっているからだろう。もしも日本にアメリカにあるようなフィッシングタックルばかりを扱うアンティック・ショップがあれば、コバロフスキーもまだ商品棚のどこかに置かれていることだろう。
アメリカのマイアミにある「アクエリアス」という名のタックルショップには、そうした釣り道具のアンティックばかりが集められ、そして売られている。店の名前を知らなければ、気づかずに通り過ぎてしまいそうなほど小さな店だが、店内には所狭しと商品がディスプレイされている。小はクリークチャブやヘドンといったバスフィッシング用のルアーから、大はビッグゲーム用のファイティングチェアまで、店内はまさに釣り道具の発達の歴史を辿る博物館のようである。
そんなオールドタックルが放つ渋い輝きの中で、頑固そのものといった感じの店の主がドーダ!と言わんばかりに奥から持ってきたのがコバロフスキーだった。実物を見たのはそれが初めてだったが、その圧倒的な存在感に思わず言葉を失ってしまった。
コバロフスキー・リールに関する記述は、弊社発行の「ZIN」にもいくらか見つけられる。アメリカのベストセラー作家にして、一流のスポーツアングラー、かのゼーン・グレイは、このコバロフスキー・リールを使ってオーストラリアで1,036Lbのタイガーシャークを釣り上げている。フィッシングに関するゼーン・グレイの記述を集めた「Zane Grey's ADVENTURES IN FISHING」の中に納められた「MAN-EATER!」というストーリーには、コバロフスキーの名がたしかに3回も登場する。そのストーリーはまさにオーストラリアのタイガーシャーク・フィッシングについて書かれたものだが、同書にはそのタイガーシャークと並んだグレイを写した記念写真もまた見つかる。そして、その手にしっかりと握られたロッドには、やはりコバロフスキーが装着されているのだ。
"When Love and Emil shouted from forward, and then came running aft, the fish, whatever it was, had out between four and five hundred yards of line. I shoved forward the dray on the big Kovalovsky reel and struck with all my might. Then I reeled in swift and hard."
"I bent to the task of recovering four hundred yards of line. I found the big Kovalovsky perfect for this necessary job. I was hot and sweating, however, when again I came up hard on the heavy weight, now less than several hundred feet away and rather close to the surface."
私は四百ヤードのラインを回収するのに懸命だった。この手の作業に関してコバロフスキーはまさしく完璧だったのだ。私は汗だくになってはいたが、再びラインに重たい何かを感じた時には距離は数百フィートにまで縮まっており、むしろ表層に近づいていた。
"Naturally I gravitated to the conviction that I had hooked a new species of fish to me, and a tremendously heavy one. My plan of battle therefore was quickly decided by that. I shoved up the drag on the great Kovalovsky reel to five pounds, six, seven pounds. This much had heretofore been a drag I had never used."
私はひとつの確信を得つつあった。この魚が過去に釣り上げたことのない私にとっては未知の魚種で、その上とてつもなく巨大な奴だという確信である。私は闘い方を決めた。私は偉大なコバロフスキーのドラッグを5ポンドから6、7ポンドと上げていったのだ。こんなドラッグ値は初めてのことだった。