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決して破られることのない記録というものがある…。
確かヘミングウェイの言葉であったか『−the only records that can never be broken−are "firsts"』というものである。
例えば1930年5月、ゼーン・グレイがタヒチでキャッチした、ロッド&リールによる史上初めての1000ポンドオーバーのブルーマーリンであるとか、1962年1月18日、パナマの太平洋岸Caiman沖でウェブスター・ロビンソンによって史上初めてフライフィッシングによってキャッチされたセイルフィッシュといった類のものである。
初めて日本人によって達成された『IGFAライン別世界記録』というものもある。記録は更新されても“初めての日本人”という記録は更新されることがない。ちなみにこの記録は1984年6月3日、クリスマス島において8kgラインで達成された35.38kgのロウニンアジ。アングラーは丸橋英三であった。
先達の名前は“初めての”という形容と共に歴史に刻まれる訳である。
エキスパート達が、たゆまぬ精進の果てに達成した“初めての記録”は、ビギナーの“ファースト・マーリン”などとは比較するべくもないが“最初”という体験から学ぶものは非常に多い。
女性との体験においても、その“満足”の如何に拘らず、多くを学ぶ者もいれば、漫然とその結果にのみ一喜一憂して終わってしまう者もいる。一流のジゴロになるのも、トップアングラーとなるのも、基本的にはその探究心とセンスに全てがかかっている。女性には“思い遣り”という配慮も必要だが、ビッグゲームにおいても何れ、巨魚に対する思い遣りに似た愛情が必要に思える時が来る…。
さて、初めてIGFAルールにのっとったスタイルでビッグゲームにチャレンジする場合、アングラーは“この釣りは決して単独で成し遂げられるものではない”ことを痛感する。 |
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スキッパー、リーダーマン、ギャフマン、それに“タグ&リリース”もひとつの趨勢となりつつある中では、ギャフをタグポールに持ち代え、的確なタギングをこなしてくれる仲間も必要となる。
初めてのカジキ釣りで突如、鳴り響くリールのクリック音と奔出するラインの彼方に、水しぶきを上げてジャンプするカジキの巨体を見た場合、その場に居合わせたビギナー達の頭はまっ白になる。ただ最近のビギナーはカジキ釣りに関する情報や映像、日本各地でも多く開催されるようになったトーナメント等を通して耳年増となり、ピュアな感動が今ひとつ薄れているきらいもないではないが、30年程前はそれこそ手探り状態で、ハワイのチャーターボートやら海外の釣り雑誌から、そのテクニックやらルアー情報を集めることに鵜の目鷹の目であった。
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まだカジキを釣ったこともないのに、頭の中では考えうる限りの想定問答を繰り返し、イメージ・トレーニングに明け暮れたものである。セックスに対する悶々を巨大な飛行船のように膨らませた少年が、避暑地で出会った年上の女性に導かれて大人になって行くのは理想であるが、ことカジキ釣りに対しては突然のパニックからさまざまな初体験を迎えることとなる。
ポンピングどころではなく、時には両手でリール・ハンドルを回そうとするアングラーもいる。突如、ボートに向かってきたカジキに対し、エンジンをリバースに入れてしまったスキッパーもいる。リーダーを取ろうとするものの、寸足らずの体ではリーダーに手が届かず、ハンドギャフでリーダーを手繰り寄せる局面も見受けられる。ギャフを打とうにも、カジキの動きにまるで合わせられず、右往左往するギャフマンもいる。バットでカジキの頭を殴打するも、とても魚類とは思えぬその固い頭部は、まるでドラム缶を叩いているようだったと回想する輩(*ルビ:やから)もいる。これらは全て未熟なビギナー達の通過儀礼ではあるが、“通常の釣りでは予想だにしないさまざまな体験”を経て、やがて一人前のビルフィッシャーに育つ訳である。
カジキの急激な反転によるウォータープレッシャーでのラインブレイクなどは、ライトタックルでビッグゲームにチャレンジする際は間々あるものだし、深くダイブした後、死んでしまったカジキを上げることの難しさも通常の釣りではなかなか理解できないものである。ただ時として“デス・ダイブ”状態となったカジキと“熾烈なファイト”を続け、時にはそれが一昼夜を超してしまったというような例も幾つかある。殆どの局面はラインブレイクでその終焉を迎えるのだが、経験の乏しいアングラーは、“巨大なカジキはその瞬間まで執拗なファイトを繰り返した”と信じて疑わない。 |
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“ファースト・マーリン”の体験は、とにもかくにもさまざまなインスピレーションを与えてくれる。リリースに手こずった際は、“リリースを容易にするために、サイドデッキの高さ(コックピット・ソールから)にまで考慮したボート設計の発想”が生まれるかもしれないし、リーダーを取ることに手間取った経験は、ファイティングチェアの位置からロッドチップの長さに至るまでの、さまざまなバランスやらコックピット・アレンジについて真摯に想いを致すようになるだろう。ギャフのエッジで足を負傷した者は、その収納についても知恵を絞るだろうし、アッという間にラインを切られてしまったアングラーは以後、徹底的なラインチェックを怠らなくなるだろう。 |
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更に、巨魚を吊り下げて写真を撮ることばかりに熱中していた輩も何れ、タグ&リリースへと大きく舵を切るかもしれないし、更にその先には、リーダーカットでリリースしたカジキの吻に刺さったままのフックの素材に想いを致す人々も出てくるだろう。そして、リリースした魚が確実に生き永らえるかどうかという判断やら、ありとあらゆるビルフィッシングに関わるテーマが熱を帯びて語られ、さまざまな形で実行されていくと、日本のオフショア・スポーツフィッシングは非常に面白いものとなるはずだ。
全ては“最初の体験”から始まる。
そして私達の短い人生の中で“ビッグゲーム”という“血の騒ぐ趣味”を共に語り合えるステージを持てた人々は幸せである、と思う。
尤もこれは、“初体験”から始まる女談義と何ら変わるものではないのだが…。 |
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