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真珠湾奇襲以来のハプニングだ!?
バートは悶々として眠れぬ夜を過ごした。夜もすがら、眼の前にあの日本人実業家が現れ、こう語りかけるからだ。“君にボートをプレゼントするよ。金はいつでも出す。いつボートを買いに行けるか?”
たった3分間のあの衝撃のシーンを、頭のなかで幾度もリピートしたバートは、あの人は本当に大金持ちなのだろうか? それにしても25万ドルものボートをなぜ俺に? 信じていいのか? 成金の妄想による狂言ではないのか? 思いは不安の渕を堂々めぐりするばかりであった。
バートは朝を待ってボスの家に駆けつけた。あまりにも唐突な話にとまどったボスは、バートの血走った眼にやっと奇跡を信ずることができた。
とっさに立ち上がったボスは両腕をひろげ、「真珠湾奇襲以来のハプニングだ!」
吐き捨てるようにつぶやくと、再びソファに座って目を閉じた。
まるで時の流れも止まったかのような数分を経て、ボスは静かに目を開いた。
「OK! すぐにボートの買い付けに行った方がいい。もしうまくいかなかった場合のために、『CHRISTEL』のキャプテンの席はとっておくよ。とにかく行って来給え」
ボスの意外な言葉にバートは感激した。帰路爽やぐ朝の陽を浴びながら、バートは珍しくも祈りを捧げたいような衝動にかられた。
“なるようになるさ”
実業家にボスが了解してくれたことを報告するのに、バートは若干の勇気を必要とした。その後、まるで判決を受けるような期待と不安で実業家の指示を待った。“なるようになるさ!”バートは何度もつぶやいた。 |
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フォート・ローダーレイルの街並み。 |
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夕方近く、バートの家に秘書が訪ねて来て、実業家からという白い封筒を渡された。胸をときめかせながら封を切ると一通の航空券が。しかもファーストクラス。さらに同封されていた小さい封筒のなかの現金3,000ドルは、旅行中の小遣いであることを秘書が説明してくれた。
バートは躍りあがらんばかりの嬉しさを心で押えた。ファーストクラスに小遣いまでの配慮は心憎いが、問題はボート購入費の25万ドルである。それにしても昨夜の実業家との“3分間の会話”は、まんざら狂言ではなかったようだ。
その夜バートは一抹の不安と添寝しながらも、マイボートのあれこれを夢想しつつ、ぐっすりと寝入った。
翌日、バートは妻に“なるようになるさ!”の一言を残して、フロリダ州のフォート・ローダーレイル(Fort Lauderale)へ飛び立ったのである。 |
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奇跡的なストーリーにショック!
フォートローダーレイルのホテルに着くと、バートは一通のメッセージを受け取った。
“サンデール・ナショナル銀行へ行け”という実業家からのものだった。
予想はしていたが、果して25万ドルもの大金が……?
バートはホテルのチェックインもそこそこにサンデール・ナショナル銀行へ急いだ。
はためく動悸を押えながら、銀行の窓口に問い合わせると、
「バート・ミラー様に25万ドルが送金されております」
バートは全身に込みあげる感動を深い呼吸で押え、必死に平静を装った。 |
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思えば衝撃の“3分間の会話”はほんの一昨夜のことだった。バートにとってはサスペンスに溢れる長い長い3日間であったが、いま不安は霧消した。思いがけずに出会った1人の日本人実業家によってバートの人生は大きく変わろうとしていた。
バートはそのときの心境を次のように語ってくれた。
「それは嬉しかったけど、私は2つの大きなショックを受けた。1つはそんなに大金持ちに見えない小柄な風格の日本人実業家が、私の人生を変えた巨額の金を寸分違わぬ手廻しのよさで支払った肝っ玉の大きさ、もう1つはそのとき自分がまさに奇跡的なストーリーをトントン拍子に演じていることだった」 |
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フォート・ローダーレイルの邸宅群。プールとプライベート・ポンツーンは一般的。 |
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有名なボート・デザイナーでメーカーでもあるバディ・メリット(Buddy Merritt)の長男で、ヨットブローカーのリチャード・メリット(Richard Merritt)に偶然出会ったのだ。
その頃、メリットのボートは注文してから納入されるまで10年かかるといわれるほどの人気だった。新艇はなんと100万ドルもするので中古艇をねらうより仕方がない。
リチャードはバートの話を親身になって聞いてくれたあとで、バートを自宅に招待した。
リチャードの父バディは既に数年前に他界していたが、家族をあげてバートを大歓迎してくれた。
「ホテルに泊まるよりうちに来なさい。私たちはその方がもっとあなたのために役立つことができます」
バートは家族の好意に甘えてメリット家に滞在することになったのである。
落胆、難航するボート買付け
翌日リチャードは彼の叔父アレン・レミット(Allen Remmitt)が経営するボート置場(boat yard)に案内してくれた。まるで屋根付の車のガレージのような小屋に、1隻づつキチンと格納されている10隻のボートにバートは眼を見張った。チーク材を巧妙に駆使した豪華な木製ボートは、築造1年から15年のものもあったが、その精巧さにバートは魅せられた。
アレンがそのなかの1隻に試乗させてくれたが、乗り心地のよさは車にたとえればレーシングカーのフェラーリのようだ。抜群の性能、機能性のよさ、バートはいますぐどのようなフィッシングトーナメントに出場しても、威力を発揮するボートであることを確信し、ついに買う決心をした。「アレン、ところでこのボートはいくらで売る?」
バートが聞くと、アレンの返事は「申し訳ありません。ここにあるボートはすべてオーナーの注文で造ったカスタムメイドばかりで、いま売りに出しているボートがないのです」
ボートショーでは気に入ったボートがなくてがっかりしたが、今度はすっかり気に入っても買えない――バートの落胆はボートショー以上だった。家に帰ると、話を聞いたリチャードの母はバートに「お気の毒なことをしましたね。でもあなたのボートの好みは、私の死んだ夫と全く同じなのですね。わかりました。必ず立派なボートを探してあげますよ」と励ましてくれた。 |
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